トップナンバーアルバム

このトップナンバーアルバムに掲載したクハ2051を撮影した翌日です。 何故かこの頃は足繁く通っていました。 平成21年10月21日 厚木

定番の撮影地に行ってみました。   平成22年6月6日 町田〜玉川学園

この時の本命は次の3000系でした。   平成23年9月25日 生田 はこね12号


 小田急の特急と言えば誰もがロマンスカーを思い浮かべることと思います。 そんな小田急の顔でありながら、ちょっと不遇な一生を終えたのがHiSEですね。 10000系は昭和62年から平成元年にかけて4編成が製造されています。 形式はデハ10000形とサハ10000形の2形式で、小田急伝統の11車体の連接車です。 第一編成の番号は新宿方が10001から始まり小田原方が10011、 第二編成は同様に10021から10031、第三編成が10041から、 最終編成は10061からとなっていました。 なお、号車は車番とは反対に小田原方が1号車で新宿方が11号車です。
 ハイデッカー仕様が10000系の特徴ですが、 必然的に高い位置にある窓は、個人的にはイマイチなデザインだったと思います。 すぐ後に登場したJR東日本の251系では同じハイデッカーながらうまくデザインされているだけに残念なところです。 この高床構造はバリアフリー対策が困難と判断され、更新工事が見送られて短命で終わる原因となりました。 確かに、ドアが開くと、いきなり階段が現れる構造は他では見る事ができませんね。 50000系VSEが2編成登場すると、引き換えに10021、20061が平成17年(2005)に廃車。 この2本は編成を短縮して長野電鉄に移籍しました。 残る2本も10041が平成23年(2011)に、トップ編成は翌24年に廃車となりました。 長野電鉄では展望席にバリアフリー対策を施しましたので、 小田急も何か方策を考えれば短命で終わることはなかったように思えます。
(2018年1月 H・T)


3000系を本命で撮ったのは、この時が初めてです。 東京都から条例違反を指摘され、急遽打ち切りとなってしまったドラえもんラッピング。
どこでもドアはいいアイデアだったので残念。   平成23年9月25日 生田