九十九里鉄道の残像(2)
−遺構を求めて−


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 九十九里鉄道の跡を訪問した主な目的は、丸山製の単端を始めとする廃車体群を見ることでしたが、当時はまだ駅舎などの建造物も姿を留めており、沿線のあちこちに現役時代を偲ばせる遺構を見ることができました。
 綺麗に整備された保存車輌も良いのですが、車輌だけでは鉄道全体のイメージを膨らませることは難しく、そういう意味で九十九里鉄道には現役の姿を想像させる遺構が数多く残っていました。
 東金の荒れ果てた駅舎内では、散乱した使用済みの乗車券類や橋梁の図面を発見して想像を膨らまし、待合室ではそのままになっていた広告看板などを見て往時を偲ぶことができました。廃線跡を辿っていくと、軌道敷の痕跡、コンクリート製の橋台などを見ることができたほか、地域の人々から思い出話などを聞くことができました。



  −東金駅舎跡 −  

 国鉄から九十九里鉄道に乗り換えるには、この駅舎を通らずにホームに出ることができたためか、先輩たちの写真にも東金駅の駅舎が写っているものは少ない。国鉄東金駅とは反対側にあり、駅前の人家も少なく忘れられたような存在だった。現在ではこちら側も開発が進み、駅舎の建っていた辺りにはパソコンショップなどが並んでいるが・・・

東金駅駅舎
ホーム側出入り口
右側に廃車群が見える



  −路線跡 −  


堀上付近の軌道跡
コンクリート製の橋台
学校前付近。
上総片貝駅構内


 東金駅を出ると、右へカーブしたのち真っ直ぐに九十九里浜へ向かう路線跡をほぼ忠実に辿ることができた。路線跡は舗装されていたところが多かったが、通る車とて無く小学校の通学路のようだった。現在では東金寄りは水路に、片貝寄りはその名も「きどうみち」と称したサイクリングロードになっているらしい。



 現在では「廃線跡探訪」も市民権を得たようで、書籍も多く出回り鉄道趣味の一つのジャンルを確立したかのようです。しかし国鉄の蒸機が現役で走り回っていた30年前には、九十九里鉄道の廃線跡など訪れる物好きは少なく、付近の人々からは奇異な目で見られたものでした。それでも、廃線跡を辿る途中出会った人に尋ねると「ああ、ここをキドーが走っていたんだよ。よくこの辺りで飛び降りたもんさ」とか、「海水浴へ行く途中、走っているキドーから花を摘むことができたのよ」などと想い出を聞かせてくれたのでした。
 小学校の帰りに寄り道をしている子供たちも「知ってるよ!キドーのことだろ?お父さんに聞いたよ」「うん、僕も知ってる、自転車よりも遅かったんだって」という具合に、彼らが生まれる前に廃止になった鉄道のことを自慢げに話してくれました。

 廃止後10年以上も経っていても人々の心の中に生きていて、子供たちにも語り継がれていることを知り、心温まる思いを抱きながら廃線跡を辿り続けると、路盤の跡は左にカーブして片貝県道を渡り、片貝駅跡に着きました。

 そこには目を疑うような光景が展開していました。 古い写真で見覚えのある機関庫から出てきたバスはホームに停車し、待合室の乗客達は改札口を通ってホームからバスに乗り始めたのです。ここでは「室長驛」の表示や待合室内のポスター、看板なども現役で、レールさえあれば単端のエンジン音が聞こえてきてもおかしくないほどです。

 鉄道時代の施設をほとんどそのまま使ってバスを運行していたわけですが、当時は雑誌でも紹介されていませんでしたので大いに驚きました。
 探し求めていた「人々との関わりが濃い鉄道風景」に思いもかけず触れることができて、東金の廃車体を見た時の暗澹たる気分から一転、良き時代を偲び、幸せな気分で小さな旅を終えることができました。



  −上総片貝駅 −  


上総片貝駅・正面


上総片貝駅・ホーム側'


ホーム端にあるトイレも現役
ホームに横付けされたバスに乗り込む
ホームと改札口


「駅長室」の看板
集札口脇の井戸
待合室内の売店


ホームに止まったバスを改札口から
改札口と小荷物窓口
小荷物窓口と出札口




 次回の(3)では、上総片貝の機関庫、駅前の商店、ときがね幼稚園に保存されていた客車をご紹介します。



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